Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

確かに田原総一郎も凄いが時代も凄い。

田原総一朗の過激な青春
http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/20090601#p1

全体を通しても、確かに田原総一郎の凄さは伝わります。
それと同時に60年代から70年代に掛けての時代のものすごさも垣間見えます。

-------------------
「日本の花嫁たちに会いに行く」という企画でヒッピーのカップルが裸で結婚式を挙げると聞き取材に行った田原。

ところが、現場で「ディレクターも裸になって花嫁とセックスしないと取材を許可しない」と言われ、田原はその求めに応じた。

仕事だからしょうがないじゃない(キッパリ)。

学生運動やった連中が結婚する、と。

で、その女性(花嫁)をみんなで仲良くする、と。

「連帯と団結」、これをやると。

それで、それを撮りに行ったら、奥さんがね、

「ディレクターとまずやりたい」と。
------------------------------------

田原総一郎もやったというのも凄いが、この夫婦。というか仲間達は
仲間内でフリーセックスだったということか。
ヒッピームーブメントを輸入したのはわかるが、西海岸文化を輸入した感じがしないのは、
田原総一郎の引き入れ方だ。

セックスするほうがベターだ。というアプローチでなくて、
セックスしないと、その取材に応じないというのは、取引材料であるし、
実態からすれば、ちょっとした脅迫だ。

ヒッピーのフリーラブ・フリーセックスという理念の自由からは程遠く
縛るための取り決めになっているのが本末転倒に見える。

忍者が嫁を娶ると、妻に執着しないように、仲間が姦淫して、情を移し難くすると言う掟。
それに近い。
セクショナリズムな感じが、連合赤軍の内ゲバを想起させる。

仲間ならセックスする。仲間でないものならセックスしない。
完全にイニシエーションになってる。

するも、しないも自由。好きならすればいい。好きなことをすればいい。
それがヒッピームーブメントにおける、フリーセックスの理念だったろうに、
日本に入ると一気に、解放区の内側に入るイニシエーションとしてのセックスになってたように見えるのが、いかにも日本的にも感じられて面白い。

何で「自由」を輸入したら「自由という掟」になってるんだろう。
面白い時代だなあ。しかもセックスまでしてる。
そこまでなんで追い込むんだろう。

----------------------


桃井かおりさんにね、裸になってセックスして、って言うと

「なぜ?」って聞くから「実存だよ!」っていうとそれで通じたの、当時は。

「実存だよ!」って。
-----------------------------------


何でそこまで追い込むんだ?!
そうしたからって、演出上うまくいってるかどうかわからない。
むしろ擬似セックスにして、感じてる風だろうが、演技してる風にするでもいいからしたいようにすればいいと思う。今なら恐らくそうなるだろう。
本物をそのまま出さないと納得しないのは当時の空気でしかない。
意味があったのは、その当時だけだったのかもね。

セックスするシーンを撮るのにセックスしないとならないのか?
殺人のシーンを撮るのに、本当に人を殺すのか?
ドキュメンタリーならともかく、映画をとるなら演出付けるだけでいいでしょう。

ハメ撮りとかスナッフビデオとか、商業映画でやることとは思えない。

全く恐ろしい時代だなあ。

田原総一郎が狂気なんじゃなくて、時代が狂っていたといったほうが似合ってる。
田原総一郎は、まだ一線にいると言う事が化け物じみてるととるべきなんじゃないだろうか。

チャーリー真面目だった。

アクセスでチャーリがでてた。

選挙に関して80年代の状況など
「若者が参加しなくても問題ないいまはいい時代じゃないだろうか?」
と新聞に載ってたことを上げていた。
当時はシラケ世代だし、10年前なら安保闘争が、まだあった時代。

若者が。参加しない。

これは凄いことだった。デモもしなければ意見表明すらないんだから。

圧倒的な日本成功の時代の到来。ともいえた。

現状認識。政治状況、若者の反応なども語っていた。
若者がどう行動すれば言いか思案して挙句動かない状況を語っていた。

それは昔から一緒だなあ。

政治家の振る舞いや、若者がとってほしい行動、ホリエモンの経済案(基金などの話)など取り上げていた。

かなりカチッとしていた。

つまり情報量が多い。多すぎるくらい。
一言で言えば

誰か書きお越ししてくれないかなあ~!
って感じです。


若者が求めて、得ようとする政治的成功の絵図を、チャーリーの口から語ってもらいたいものだなあ。
弱者救済は当然として、現実的な手段として、
どのような手段で、どのセグメントから救済するのか。
その手法。
聴きたいものです。

ザ・政治。際どいねえ。いろんな団体が絡んでくるし、言いづらいこといっぱい。
でも言わないわけにはいかないのが政治。

ならぬ堪忍するが堪忍。
誰が?

早く続きを。

オフで知り合った子と寝た http://anond.hatelabo.jp/20090612100729

エンを壊すもの
サークルクラッシャーにしか見えないw

続報が気になるが。

サークルの質と、個人の資質によるところ大。
無風になるか、大きめで強い台風になるかは外縁の男ども次第。

そういえばサークルクラッシャーの漫画なんてそんなにないな。
「サユリ1号」はズバリだけど、
「ハッピーマニア」はサークルクラッシャーが成立しにくい状態だった。
ちょっと揉めてそれだけだ。

こういう物語の需要がないといえばそれまでだし、書き手も手に余るからだろうか。
いっそソープドラマにしてしまえば、面白くなると思うんだけどな。
ひたすらギャグ。

もう、それでいいとおもう。

http://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1244740976/-100
【FX】日本がユーロファイターを採用するならライセンス生産しやすいように技術情報を開示する、ブラックボックス化はしない-英BAE

F22は制約が多いし高価。240億強は確かに高い。
ランニングコストも吹っかけられると思う。

ユーロファイターなら90機のキャンセルがある分
向こうもいい提案を出してきてくれる。
ブラックボックス化しないというのは、かなりいい話。
4.5世代機だったと思うけど、
F15相当だと換算しても、アメリカはその提案を出すことはありえない。

技術の蓄積の有無を差し引いても
ユーロファイターに軍配が上がる。

金額は記事に載ってないみたいだけど、安価だろう。
安価で技術情報がかなり自由だというのは
航空技術を高めたい日本にとって渡りに船。

これしかないという選択肢がヨーロッパからやってきたとしかいいようがない。

楽観主義に成れば全てが好転するなんて思えるわけがない。

米国の金融機関が公的資金の返済をしたから。
とか。
GMの再建計画の青写真は300億ドルもの資金を投入するが
5年も経てば成功し、再度の株上場で資金回収はおろか利益も出るだろうという目論見。
とか。
鉱工業指数が思いのほか好転した。
とか。

いろんなポジティブな経済指標を並べ立てて
いい気分で居ようとするのは、まあいいけれど。

そのお陰で株価が上がったり、
意図的なのかどうだか、商品市況が上がったりしてるするのを
景気が再浮上してると手放しで考えていいんだろうか。

証券化商品の損金は変わることはないし。
経理上の数字をいじったって、誤魔化せば、その数字の信頼性が失われることと
引き換えになるし。

別に新しい画期的な商品や、生産性の劇的な向上があったわけじゃなくて
字面の数字をいじったり、
損金の出し方を勝手な解釈したり、してることくらいで
(時価会計をやめてみたり、
債権の損金計上部分を減らしてるのに、返済が出来る目処がつくと損金分の金額を利益にするとか。)

訳がわからない。

莫大なデリバティブ(証券化商品)の実体損はかわらない。
持続的な成長によって、
サブプライムローンからみでどうにもならなくなった商品も(既に清算されてるものが多いと思うけど)
値があがるくらいでないと
本物の好景気が到来したとは言い切れない。

気分だけで、景気を語る無理を真剣に言うような誠実さは今はいらないという時期なんだろうな。

ハッピーマニア二巻まで読んで。

人類の系譜学の安野モヨコの評を見た印象だと、
もう少し主人公は賢いのかと思ったが、かなりアホな人だった。

浅慮で刹那的。
カッコイイと思ったらとりあえず寝て、彼女になれたと思ってるのは自分だけ。
なんてことは朝飯前で、
こりゃダメだろうなと思う相手でも、寝て、やっぱダメだっていうことで分かれようとしたらストーカーされて。

見事な七転八倒。

タカハシのような、いまいちウダツのあがらなそうでいて、そこそこいいヤツなのに袖にしたりする。

自己愛に満ちていて相手のことは大して考えない。それだけは徹頭徹尾。
それ自体に自覚的でない。
だから、誰からもモテるような、男にチョッカイ出して、すぐ捨てられる。
捨てられるというよりも付き合ってるとさえ思われないくらい、女に不自由しないしない男(時枝)なので、上手くいくわけがなかった。
無理筋を押して、失敗すること多々。

相手のことを観察しない。自分のことを客観しできない。する気もない。

凄い主人公。シゲタ。

なのにそんなグダグダなシゲタをタカハシだけは本気で愛してる。
なぜか。
自分が必要とされてると信じてるから。のようだ。

これもやはりチグハグ。

主人公シゲタの無軌道で無反省なところは、手のつけようがないものになってる。
おそらく
何を手に入れても充足感は得られない。
かりにあのイケメンの時枝を手中に収めたとしても長くは続かなかったかもしれない。

目に付いたイカシタものを手に入れたいだけなのかもしれない。
手に入らなくて泣き。
手に入っても、すぐ手放す。

その繰り返し。「なぜ?」とは本気では考えない。

ひたすら自分の欲望を怒張させ、満たし、しぼみ。軽く後悔する。
ひたすらエネルギッシュ。
どこへ目指してるんだろう。

「寝ないとわかんない。」という割りに「寝ても」わかってることは僅かにしか思えない。
寝ることにそれほどの「重い価値」を置いてるでもなく、軽すぎることもないのに、
「意味」があるでもなく寝てるようにも見えるのは、なんなんだろう。
ひたすら流されてる。
自らの刹那的な思いと欲望に。

そんな二巻まで。

人間の系譜学における安野モヨコ論。

買った。
ヘーゲル・ニーチェ・マルクスといわれても僕にはハードルが高いので、
安野モヨコについて書かれた11章をまず読みました。

とはいえ安野モヨコの漫画を読んだ事がないのですが、よく説明されていたので、読むにあたり苦労は有りませんでした。

論じられていた漫画は後日読もうと思っています。

引用されていた文章で、
「岡崎さんでは救われなかった部分が安野さんの方では救われていた」という旨
書かれていて、なるほど納得。
岡崎京子さんのPINKは傑作ですが、彼らは救われません。
「天国の階段」は消えてしまった。

安野さんの場合、結婚という中締めはあったわけで、それはそれでいいんじゃないでしょうか。
そこで終われないんでしょうが、それもまた良し。としか言いようがないと思いますね。
走れるところまで走る。それを見つめる夫。
幸せになれるのかな。

彼女は気づけるんだろうか。

気づいても次のタームに入れなければ、気づいた分だけ不幸になる。
気づいたらジャンプしないといけない。
どこかに。
どこかに。だ。

それはもう人生であり、生であり、死だ。

奔放に恋に生き、相手を変えていき、幸せを探すシゲタ。身震いするような幸せを得ようとする。
「身震いするような幸せ」という、明確なヴィジョンがあって消費活動するという
割りと、知的で明確な考えと、野獣のような消費活動とが一致してるのが
愉快。

それを見守るタカハシは東大生で実家は金持ち。結局結婚するのだけれど。
それについて
「最大の謎」
と、ある。確かに不思議だ。

好きな女性が自分を省みずに彼氏をとっかえひっかえ。アクセサリーのように容易に変えていくのだとしたら、普通の男は幻滅するだろう。
男もまた女性をアクセサリーのように見ることが多い。見世物としての彼氏彼女というのは
特に若い頃は多いと思う。
「この彼氏を連れていたら、友達はどう思うだろうか?」
こういう考えは誰しもが考えることと思う。
つまり消費してる。
自分の中の絶対的価値を見出すというより、他人の評価も充分に影響されるような脆弱な関係。
そういう崩れやすいものも含まれている、ゆれやすい関係性。

話を戻すと、
相手をとっかえひっかえするような、女性に価値を見出す男は少ない。

定型文である「男は最初の男になりたがり、女は最後の女になりたがる」という
一文からしても一般的に多淫の女性は好まれない。
処女信仰は根強いが、それに拘ることは下碑たことと思われがちな上に、現実的じゃないので
少々の男性経験は、目を瞑るというのが普通なことになってる。

タカハシはそういう一般的な嗜好から離れて、なぜシゲタを好きで居続けたのか。
それは
自分にないものがあり、そこに憧れて居たのではないだろうか。
タカハシ自身の一途さは、タカハシ本人にしてみればそこから動けないことの象徴でもあり、
シゲタの奔放さは、
自分にない自由さと、飽くなき目標への希求が
タカハシには憧れの対象だったのではないだろうか。

結局シゲタは目的を果たせないまま、タカハシと結婚するが、むしろこの先も
シゲタに、そのまま続けていて欲しいんじゃないだろうか。

タカハシがすきなのは、真理の追及者たるシゲタで、座りのいい椅子に収まる女じゃないと思える。

或いは、タカハシが自己愛に偏重してるとするなら、「そんなシゲタを愛してる俺カッコイイ」
とでも思ってるかも。
だとすると変態入ってて芳ばしい。
・・・これは違ってて欲しい。



恐らく、タカハシは縦横無尽に、己のあるがままに希求するシゲタが好きなんだと思う。
そうでないと話が締まらないと思う。



消費しまくって自己実現することが日本特有とは知らなかった。
アジア人の発想だろうか?
たしかに生産性によって自己実現とは余り聞かない。
「モノより思い出」とはよく言ったものです。

ものの流行りは受け売り。
先に手に入れたものの勝ち。
先に手に入れるには情報と金が要り、結局はお金の勝負になり。
そこのわずかなプレイヤーでの勝負になれば、
生産者にべったりになるか、生産者そのものになるしかない。

ブランドの中の人か、ファッション雑誌の編集。
究極的には極々僅かなサプライヤーになれれば真の勝者。かもしれない。
セレブはそういうものに肉迫することをコネとカネで容易に付けていく。
セレブの動向に繊細な小金持ちは常にたなびく。
その動きでブランドは大儲けできる。

センスが無くてもブランドで固めれば、それなりに見れたものになる。
金持ちにおける学生服やセーラー服みたいなもの。
制服。

制服のはやりに一喜一憂して、買いあさる消費する女性たち。
ゆっくりなペースで波になる人も居れば、
早いペースで乗りまくる人も居る。
ようはどこに満足できるか。
常に飢餓感を抱くか。断続的か。
コレクター魂に上手く火をつければメーカーの勝利。

消費者の勝ちはどこにあるんだろう。
消費者自身の心の中にある。
どこかにある究極の「何か」に目掛けて、何かを得ようと服を買い靴を買い。
美容室に通い。男から声をかけられるのを待つ。
思うような答えや、思った以上の答えが出ないときはキャンセル。
振りだしに戻る。その繰り返し。

ペイズリーパークは君の心の中にある。
だけど、あるはずのペイズリーパークがなかったら、どうすればいいの?
殿下。


個人的には知りたかった情報。

なぜ我々は「けいおん!」に萌えてしまうのか?
http://ascii.jp/elem/000/000/425/425222/index-2.html

僕はけいおんの魅力が余りわからないので
是非知りたいところだった。

面白い意見だった。

1.「けいおん!」のモデルはP-MODELにpillowsではないか!

なるほど。平沢進くらいしか知らないのでそこには思い至らなかった。
音も全然違うし。
けいおん自体ではガールポップバンドでしかないから、あんな重々しい音楽とは無縁だとしか思わなかった。

せめてゼルダやってくれたらなあ・・・。あるいは戸川純。
80年代のイーストウエストにはたくさんのゼルダと戸川純が居ましたよ~www
文化系女子が吹き黙っていたと言っても過言じゃない。
どっちかって言うとそちらでもウケがよさそうだけどなあ。

けいおんで描かれてる女の子は男受けのする女の子ばっかりで、夢のカリフォルニア状態。
それはそれでいいんですけどね。
乗り切れない俺ガイル。

2.やっぱり猫が好き。
に似てる。

これは僕が好きじゃなかった番組なので、どうでもいい。
今も昔も好きじゃない。
何が面白いのかわからない。

むしろどこが面白いのか知りたいくらいです。


3.楽器娘好き。

そうだったっけ?
ガールズバンドやってたころのイリアもギター持ってたからモテテたんかな。
プリンセスプリンセスも?
プリプリは顔と演奏力で選ばれてたんじゃなかったっけ?

律っちゃんの背が低い設定はプリプリのドラムに模してるんだと思ってた。
バンドで一番ちっこい子がドラムという激務というアンバラな感じがいいんだと思ってた。
あるいはリーダーがドラムという意味ではスパイダースかCCB。


ううむ決定打とはいえない。
やはりオーソドックスな男好きのする女の子設定に、
タイアップでもないギターの設定がブームになってしまったというハプニングがファンを萌えさせたのかな。




わずか6年前。

今週の神足さんの日のキラキラで
GMについて、03年発表の16気筒マシンの話などしていた。

確かにあのころはベイロンやマイバッハなど
桁違いのモンスターマシンがグラビアを飾ったりしてた。
06年くらいまではいい線いってたと思う。

数千万は普通で一億超えるのも珍しくない。

そういう時代から一気に様変わりしたからGMも苦労してるんだ。
といういい方は間違えじゃないと思う。

でっかい車を作っていたのも売れていたし儲けもよかったから。
確かにそのとおり。

だからといって財務主導の経営にかまけていてよかったのかといえば、これこの体たらく。
車の開発はおざなり、ふと気づいてローンビジネスに注力すれば大きな利益を生んだ。

ツケを廻していた事が今頃になって、仇となった。
年貢の納め時が来るのが唐突だった。

それだけのことじゃないだろうか。

結局メルセデスもBMWも狂う恣意経営環境ではあっても破綻したわけじゃないしね。
GMだけが七転八倒。
終わってみれば放蕩経営。バブルに踊っていた。ということになってしまう。

唐突な手仕舞い。それだけ。

そんなんしたら、意味しかなくなる。

先週の「久米宏のラジオなんですけど」で好きな日本語について話していた。

若者言葉について取り上げて
「とりま」など、「とりあえず、まぁ」などは
なんとなくわかるけれど
「ワンセク」にはさすがに驚いた。
「とりあえず一回セックスする?」
という意味なんだそうだ。

ググッったらその意味ではあまり出てこない。
それほど有名なものではない言葉らしい。

それにしても、そこまでカジュアル化したセックスだと
特別な意味が喪失してるから、セックスレスに近いほど、セックスに意味がない。

セックスという行為とか、そこに至るまでの関係性の強化に「意味深い」ものが無くなれば、
「無いものと同じ」になる。

旧来の意味が含まれないセックスに意味とか価値は大きく損なわれる。
はっきり言って無視できる。


ということは。
セックスを排した人間関係が成立してることになる。
過剰なセックスか、セックス自体がない状態。
無視できる状態になってる。

自分と相手の関係も、
相手が誰と関係してることも、平準化してると意識した状態。

それらを超克したとき。
お互いの人格しか残らない。
それほどのものか?自分
それほどのものか?君

意味とか価値をもっと純化してみることになる。

セックスしたいな。という気持ちに繋がるとき感情に、
顔とか体とか声とか髪とか服とか
いろんなことを性に絡めて観てる事が
全部性から離れてしまっていた挙句に観てる。

そうやって本当に誰かを見てられるの?
そうやって本当に誰を見るの?

本当に一切の性欲無しで、好きな人のことを観てるの?
観たの?
これからどうするの?

そんなに真面目に存在だけを見てしまって大丈夫なの?

自分に意味を、他人に意味を見出しきれるの?



----------------------
http://blog.kyoto-u.com/usr/loveforever/archives/001090.html
「たくやくん、たくやくんのエッチ、すごくいいよ」
そんな言葉をはくさつきは、僕にとってどうでもよく、
そのように思う僕は、さつきにとってどうでもよい存在なのだ。
だからこそ、どうしようもないこんな時間を共有できるのだ。

大切な人と、こんな下らない時間を過ごせるものか!
僕だって、大切な人を幸せにしたいと思っているのだから。

Extra

FC2カウンター

FC2ブックマーク

アマゾンボックス

プロフィール

masuda39

Author:masuda39
きてくれてありがとう。
出来るだけおもしろく書きたいと思っています。
楽しんでもらえると幸いです。
僕に専門はないです。だからド・シロートなんです。あしからず・・・。

ミクシィは
http://mixi.jp/show_friend.pl?id=895160

最近の記事

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。