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映画評ってこんなのばかり。それこそがふさわしいというところでしょうか。

『20世紀少年』35点(100点満点中)http://movie.maeda-y.com/movie/01165.htm

原作ファンをそこまでワクワクさせたのは、これを映画化するのは難しいと誰もが直感していたからだろう。


それならファンはワクワクしないでしょう。
映画化が難しいと思うなら、無理だと考えるから失望する可能性の方が高い。
いわんや映画化で失敗した映画なんて枚挙に暇がない。
原作ファンは実際のところ映画化についてどう考えていたんでしょう。

1997年、失踪中の姉(黒木瞳)が残していった赤ん坊カンナを背負い、売れないコンビニ経営にいそしむケンジ(唐沢寿明)。この時代、世界各地で致死性ウィルスの被害者が発生、日本では正体不明の教祖"ともだち"率いる新興教団が勢力を増すなど、不穏な空気が蔓延していた。ユキジ(常盤貴子)やマルオ(石塚英彦)、ドンキー(生瀬勝久)ら小学生時代の仲間たちと交流する中、ケンジは最近の事件、災害が、自分が子供時代に人類滅亡の様子を描いた"よげんの書"をなぞったものと気づき愕然とする。タイの闇社会で生き延びていたオッチョ(豊川悦司)も加わり、ケンジと仲間たちは地球を守るため立ち上がる。

"ともだち"とははたして誰なのか。今は手元にない"よげんの書"の詳しい内容はどうだったか。古い記憶を寄せ合いながら、ケンジ一派は人類を滅亡から救うため地下にもぐる。

これだけがん首並べて、誰も昔のことを覚えてないとは、わすれんぼうにもほどがある冒険活劇である。ともだち教団は科学者に大量破壊兵器を作らせ、地球滅亡を演出してそのどさくさにまぎれて世界制覇をたくらんでいる。それを主人公軍団が阻止しようというストーリー。小学生の秘密基地ごっこを、大人になって全世界規模で再現したというわけだ。



これは面白いよ。僕はこの漫画を読んでないが、筋立てはかなり面白い。

過去の共通体験と、未来の夢。
それはそのときそれでしかなかったものが、今現在進行しつつある・・・。
なぜだ?

本当に過去、思い描いていた、皆との記憶にリンクしている。
そしてその記憶さえ、おぼろげ。

ひたひたと迫る不安と恐怖。
それを調べ、立ち向かうのは自分たちしかいないと感じ、立ち上がる。

そういう現実感の中に荒唐無稽な話を、ぐいぐい落とし込みつつ、
最後には
なぜおぼろげ過ぎる記憶と、みんなの記憶の共通性が混在してるのかの謎が
登場する。

よく出来てると思う。いいプロットだと思う。
しかし、これだだけのものを脚本に作りこむのはかなり難しいでしょう。
その難事業には期待したいところ。

こんなあらすじでわかるとおり、原作に思い入れのない、たとえば未読者にとっては、この話の何が面白いのかさっぱりわかるまい。リアリティーなどもちろんゼロ。まともな大人がみたら、バカバカしい以外の感想は絶対に出てこない。こんなのはマンガだから許される(というより楽しめる)ネタだ。昭和ノスタルジーを刺激するディテールや、魅力的なキャラクターを味わうには映画じゃ時間がまったく足りない。



いや?前述どおり、僕にはよく出来たプロットだとしか思えない。
漫画だから楽しめる、と書いてあるが、連載漫画の肝は「期待感」です。
謎や展開を読んできて、「来週も読みたい!」と思わせるような「期待感」
これが連載漫画には不可欠なものです。
読みきりだったら、カタルシスが重要になります。
単行本であれば、長尺での、作りこみとカタルシスも求められます。

早く言えばP16で、来週への期待を高めるか。
P200で、満足させて、次巻への期待を維持させるかの違い。

見せ方の表現の違いはあるけれど漫画と映画はあんまり違わない。
マーケットの多寡の方が注目すべきだと思う。

表現の違いで顕著なのは
映画と小説だと思う。
小説は字で説明し続けるので絵に起こさなくてもいいところが特徴。
映画や漫画は必要なら全て絵に起こさないといけない。

表現物としては、この差の方が大きいと思う。


世の中には、映画に向く原作とそうでないものがある。煮ても焼いても食えないというやつだ。はっきりいって、この作品を実写にして、いいものができる可能性はゼロだ。それはスケールの問題ではない。たとえハリウッドが100億円かけても無理だろう。まともに見られる形にするには、中身をガラリとかえるしかない。だがそれをやったら、タイトルを『20世紀少年』にする意味がない。


演出力の問題だと思う。創造力と現実の映画に作り起こす能力。それがあるかないか。

だから監督の堤幸彦は、コンセプトとして「マンガの完全コピー」を目指した。無理して名作を目指すより、はるかに現実的で賢い選択といえる。



賢いというか面倒くさくなったんだと思いました。
頼まれて任されても、裁量が小さかったなどの問題が、ただなぞるだけという稀に見る極めて高いクリエイティブな行動にならざるを得なかったのでしょう。

人選といえば、監督に堤幸彦を起用したのは、これ以外ないというほど適切な選択であった。これだけのキャストを集められる人望があり、壮大な駄作と評されても(前述したとおり、それは作る前から誰にでもわかりきった話)傷つかぬほどのキャリアの持ち主で、今後の仕事にも影響を受けない。邦画界にそんな人材は彼しかいない。



つまりスポンサーの意向ですね。わかります。



問題なのは映画というビジネス。とりわけビッグビジネスとしての映画の命脈は既に尽きていて、
いつ絶息するかというところに指しかかっている点だと思います。

映画そのものは、どんどん作りやすくなっています。動画を撮れる安価な機体はふえました。
才能ある人がふらっと撮って、軽く編集したら大傑作だった。という事例が起こるかもしれない。
YUOTUBEもあるので、見せることまでもが簡単になりました。

なのに映像界にパラダイムシフトが起こったような大変革が起こったような痕跡すら感じない。
なぜだろう。
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