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チャーリー真面目だった。

アクセスでチャーリがでてた。

選挙に関して80年代の状況など
「若者が参加しなくても問題ないいまはいい時代じゃないだろうか?」
と新聞に載ってたことを上げていた。
当時はシラケ世代だし、10年前なら安保闘争が、まだあった時代。

若者が。参加しない。

これは凄いことだった。デモもしなければ意見表明すらないんだから。

圧倒的な日本成功の時代の到来。ともいえた。

現状認識。政治状況、若者の反応なども語っていた。
若者がどう行動すれば言いか思案して挙句動かない状況を語っていた。

それは昔から一緒だなあ。

政治家の振る舞いや、若者がとってほしい行動、ホリエモンの経済案(基金などの話)など取り上げていた。

かなりカチッとしていた。

つまり情報量が多い。多すぎるくらい。
一言で言えば

誰か書きお越ししてくれないかなあ~!
って感じです。


若者が求めて、得ようとする政治的成功の絵図を、チャーリーの口から語ってもらいたいものだなあ。
弱者救済は当然として、現実的な手段として、
どのような手段で、どのセグメントから救済するのか。
その手法。
聴きたいものです。

ザ・政治。際どいねえ。いろんな団体が絡んでくるし、言いづらいこといっぱい。
でも言わないわけにはいかないのが政治。

ならぬ堪忍するが堪忍。
誰が?
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まず「ゆうゆ」がわからないだろうし。

今回のライフは思想がテーマだっただけに難しかった。

思想の話だけでも手に余るけど、東さんがあげたアイドルの話もまた今の若者には手に余るはず。
ゆうゆとか、うしろゆびさされ組とか。
高井麻巳子はファンクラブを立ち上げた、間もなく、結婚することになり
ファンクラブは第一回会合が解散式という憂き目に遭う。

当時のファンは秋元康をゆるさないといってたっけ。

ゆうゆは昔TBSラジオで番組持ってたから良く覚えてる。
ちっこくて可愛いタイプで笑顔が特徴的だった。

年初のかくし芸番組のために、花柳社中だったけでみんなと練習してるときに、
真面目にやってるのに、
ゆうゆの持ち前の顔の笑顔が、花柳の師匠が気に入らなかったらしく
酷く怒られ続け、
ゆうゆはノイローゼ状態でした。
ラジオでも悩みきっていたし、周囲も心配するほどの状態でした。

引退したのはこのことも原因の一つだったとしても、不思議じゃないです。

wikipediaをみたら同い年だった。68年生まれ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A9%E4%BA%95%E7%94%B1%E7%B4%80%E5%AD%90

個人的には「夕焼けにゃんにゃん」は好きじゃなかった。
ほとんど見てなかった。
常滑川まこと

デーモン小暮
位しか観てなかった。

常滑川は本当に酷かったし、閣下もデビューして間もなくて面白かった。

基本的にDQNの集まりだったしなあ。ゆうにゃん。
二代目?司会のとんねるずが人気を上げたのは、夕にゃンだったと思う。
キョーミないからうろ覚えだ。

世代的には僕はジャスト夕にゃン世代だから、同級生はよく観てたようだった。

80年代的な番組ではあったけど、今考えても当時の自分も面白いとは思えない。
詰まるところ
「あのファック人形がすきかどうか?」
そういう問題だったろう。
僕は好きじゃなかった。それだけの話。

ああいうアイドルは好きじゃないんですよ僕は。
僕の当時のアイドルはデビッドボウイであり、Fixxだった。
くわえていうならキングクリムゾンであり、ツェッペリンだった。

あの手のアイドルの価値ってよくわからんが
結局ファック人形ってことなんじゃないの?
エロゲのヒロイン扱い。

当時はっきりとそう思っていたわけじゃないが、性の対象だったという事実になんとなく嫌悪感を抱いてたのかもしれない。

が、そんなことより集団ヒステリーのようにみんなが注目していたアイドル集団に気持ち悪さを感じていただけだと思う。
エロゲに嵌るオタクとほぼ違いはない。
役者や歌手のファンもエロゲのファンも、型はそう変わらない。
オタが嫌われるのは
同属嫌悪だろう。

そういうこととは少し距離があるところに居たので、冷ややかな態度で通してたし、
今でもあまり理解できない。
対象にたいして、畏敬や尊敬の念を感じないからだと思う。





ラジオ周辺機器の充実。

電器屋にいって、どうせだからといろいろなものを見回った。

そこで観たもので一番驚いたのが、ラジオコーナーがあったこと。
ICレコーダーと併設してあり、ICレコーダーにラジオが録音できたり聴取できるものがありました。
http://www.sanyo-audio.com/icr/rs110/index_rs110m.html

これが素晴らしく、ポータブルラジオとして使えて、録音も出来る。
クレードルを使えば据え置き機としても使える。
マイクロSDを使って外部に出せる。
USBでも繋がる。
何でもありの仕様になっている。

カカクコムで見るとクレードル付きタイプで22000円ほどなので
性能の近いオリンパスのVJ10よりも買い得感がある。

ラジオコーナーが出来るほどに、ラジオがフィーチャーされてるのも意外でしたが、
ポケットラジオがつつましくある程度じゃなくて、
ラジオを活用する人のための商品が充実してるのが驚きでした。
今度買うときはこれを買うことになるでしょう。

SANYO ICレコーダー「ポータブルラジオレコーダー」 (シルバー) [ICR-RS110MF(S)]SANYO ICレコーダー「ポータブルラジオレコーダー」 (シルバー) [ICR-RS110MF(S)]
(2008/11/21)
不明

商品詳細を見る

願人坊主の話をしている。

珍しく土曜休みだったので、土曜ワイドを聴いた。TBSラジオ。

北山修さんが出ていて、昔のフォークにおける金儲けしたものへの叱責。罵倒の話を聞く。
なるほど。
中津川フォークジャンボリーなどで起こった、メインステージでの半ば暴動っぽい騒動。
岡林信康くらいしかまともにプレイさせてもらえなかったと聞く。

商業主義的なプレイヤーに対する苛烈な冷たささが観客の態度に顕れていたのか。

話が繋がった。

だとするとヨシダタクロウは団塊の世代以降に人気があるのも頷ける。


フォーククルーセイダーズの人気などにやっかみがあったとは、今の感覚だろ理解し辛いが、
昔聴いた、杜氏の話を重ねれば、理解できなくはない。
商業主義でも問題がなくなったのがニューミュージックの台頭を待たねばならなかったのも、
理解できる。

欧米にそういう傾向がなかったわけじゃない。
たとえばU2などはローカルスターだった時代から、世界に羽ばたこうとしたときの、
アイルランドやイギリスの以前からのファンの嫌がりようといったら、結構な嫌がらせっぷりだった。

洋の東西は問わないということでしょう。
それに日本では、当時だけは階級闘争めいたものがありましたからね。
金持ちは金持ちらしくカッコつけるべきという雰囲気もありましたし、
貧しい世代の代表者は、それを積極的に示して生きることを要求されることすらあったのは事実。

そしてその初期の日本のフォークのことをまるで願人坊主のように語っていた北山さん。
それが印象的だった。清貧か。
そう繋がるとなると、これからの放送と通信の融合と、清貧は、親和性が高い。
しかし赤字というわけにはいかないから、せめて0シーリングになるようでないとダメだけれど。

ライフ存続の一つの答えが初期フォークを取り巻く環境にヒントがあるとは意外だ。
これぞ温故知新。

いっそNPO法人LIFEコンテンツ。ということにしたらどうだろう。

顔見世興業と、議論と、意見の集積地という意味だけに留め置いて、
商業主義的な面は、ほとんどない。赤字だけは避けるよう努力する。
それでもいいような気もする。

ここは手弁当の解放区。でも意見は述べても押し付けはない。
無理に結論に導くこともない。

そういう空間。実験空間としてのLIFEなども検討に値するかも。

BSをほぼクローズした、完全商業主義でも構わないけど、そちらの方が大変そうだもんな。
バカスカ儲かるようなビジネスモデルが提案されない以上、
清貧モデルも検討内ということで。

ライフ存続サミット。

2009年3月29日「Life存続サミット」予告編
http://www.tbsradio.jp/life/index.html

ふむ。いろいろラジオ番組終わりますからねえ。
存続できるビジネスモデルを考えるのは建設的。
今のラジオのやり方で、収益上げるなら、どうしても広告収入に頼らざるを得ない。
物販で小物や本の出版による収入で維持できた番組など聴いたことはないしなあ。
いや、
あえて、NHKみたいに副読本やテキストを出版して、収益化を図るというのも考えてみるべきか。
エキスポみたいな感じで。
一枚の紙の新聞で4面だけのライフ新聞を、信書で送るとか。
同人誌だなあ。

ライフは民放の放送だから平易な話にしようと努力してきたけど、
いっそもっと専門的な話にするディープコンテンツを有料配信するとかはどうでしょう。
出版界の話題をディープに語る森山さん・柳瀬さん・中俣さんの鼎談。

いつものライフをライトサイドとして位置づけて、より専門的で濃いコンテンツを有料ポッドキャストにしてみるのはどうでしょう。

有料ポッドキャストだと敷居が高いなら、その専門性故に副読本を出し、その本を売ることで
ある程度収支が取れるかもしれません。
あ、同じことかいてるかw

最初に書いたのが通常版ライフの定期出版物。
二個目に書いたのはディープコンテンツのための副読本というムック本的な存在。

会員制というのはイケテル制度なんでしょうか。
会員と高級会員と差異をつけたとき、上手く運用できるんでしょうか。
会員制度は導入しつつ、適宜、そのときのテキストやムック本、イベント参加など、で徴収する形が自然かもしれませんね。

会員間に上下の差をつけるのは上手くいかなそうな気がする。



結局は広告費の減少とは景気後退のときには通常対応で、どれだけ経費を削減するかという話なんで、
詰まるところ、できるだけお金をかねない放送形態を考えると、放送局を使わない配信システムに落ち着いちゃうんですよね。
それはそれでいろいろやりようもありそうですし面白そうですが、この際はラジオでどうやるかですよね。難しい。

やっぱ物販かな。
放送自体にお賽銭みたいに払うのは、なかなか馴染まないし、そもそも払い込みは煩わしく手数料もある。
なかなか難しいな。何かあると思うからこれからも考えてみたい。

本屋に本なし。

近所のジャスコにいったので。本でも買おうかと眺めていたら。
社会学関係は見当たらなかった。

雑誌と漫画と、実学にビジネス書、文庫新書、特筆すべきなのは宗教系の本が充実してたこと。
新新宗教系の本がやたらに充実してるのに驚きました。
もっとわかりやすくいうとカルト。

漫画や雑誌から傾向を読み取るのは難儀ですが、
単行本の流れから察するに、
資格などを取って給料のいいところに勤めたいと思う人。
さっさとお金を稼ぎたい人の、投資関連の本。
営業成績に悩む人の啓発系の本。
完全に病んでる人のための、精神系、スピリチュアル系の本。
精神学の本。

自己啓発と精神を病んでる人のための本は内容がクロスオ-バーしてるので
近いところにある。

一足飛びに宗教系の本。前述のとおり、キリスト教の解説や仏教系の解説本などより
カルト系の本が幅を利かせてる。

人々の気持ちが疲れてて来て、金も無く心の拠り所を求めてるのが書店のディスプレイで見え隠れする。

書店が追い詰められてるように、人もまた追い詰められている。

何気ない顔で不況風は吹いている。

社会学や人文系も置いてほしかったなあ。
そういうのがほしい人は都内の大書店かネットしかないんですね。

Page 614「2009年金価格見通しのポイント パート1」 2008年12月22日http://www.mmc.co.jp/gold/market/toshima_t/2008/614.html

僕がよく読んでる、金関係のブログですが、最近本をお出しになられました
その本がまた人気が高く、売り切れ状態が続いたそうで、本人はそれがとても不満の御様子。

次に本を出す際には出版社選びを厳格にしようとすら言っておられますが、
それはたぶん、著者のネームバリューの高さや、一般読者の金に関する本への期待などが予想外な結果を生んだだけでしょう。

本屋の品揃えの、なかなか情けない状況を考えれば、出版社もリスクは取りにくい。
この事態は甘受するべきことなのではないかと、中規模な書店を見る限り、感じました。

もうひとつオマケにいえば、金関係の本は陰謀論が多い。それらを除くと、本は少ない。
債権に至ると債権関係の本など、ほとんどない。

FPの本や、株式投資や経済情勢などの本なら、うなるほどあるのに、債権やデリバティブになると激減します。平均的に知識を得ようとする人が少ないということなんでしょうが、
書き手の不足も否めないんでしょうね。

読みたくても本がない。
読むべき本があることにすら気づかない。
こういう需要を満たすこと告知し、本を出版することが大事なんですが、骨の折れる作業ですね。
放置すれば沈滞と退行は止まらない。

ネットに上がるのを待ってばかりでは、テキストにすら成らずに消えていく知識が加速度的に増えて行きそう。
そうはならないことを祈るばかり。

無いので、有ってほしい本、もあれば。
有るけど、よく知られていなくて、読んでほしい人や、読みたい人(潜在需要)に知られていない本もあるだろうから、
とりあえずは掘り起こしに努力するのが先決なのかな。

たなだ編 パート4

あの漫画という理想。と、自分という現実。

たなだゆきさんのインタビュースタイルのポッドキャストのパート4。
たなださんはお帰りになられて、男だけの反省会。

その中で森山さんはペッティングに「下(下半身はさわらない)はない。」と言う自説を説く。
「あだち充の漫画にペッティングはない」というチャーリーの突っ込みに首肯し、
「それゆえにするのだ」という旨を言う。

あだち充原理主義者だから、テキストは崇める。そして現実にはそこから先を求める。

何という正直さ。
これはあだち充の態度も賞賛すべきだと考えるしかない。
あだち充の漫画の主人公やその周辺に、生々しい表現はない。徹底的にない。
そういう清廉さは読者を焦らす。
それがゆえに人気も出る。
もともと人気が出るほどの漫画である上に、読者が勝ってに焦れて、妄想が高まっていく。

表現を抑えて、行間を読ませて、昂ぶらせる。

なかなかの巧者。
ベテランの極み。己を知るということを体現してる。

翻って「かんなぎ」騒動を思い返せば、あの容姿とあの態度の主人公に、
読者が処女性と神性を重ねたいと思うのは、むしろ素朴で普通な態度だと思う。
いわんやコミックスを買うくらいお気に入りの漫画ならそういう気持ちを映したくもなるでしょう。
それを本家の漫画で非処女でイケメンといたしてたという(と聞いている)ことだと
読者からの失望は大きいのも頷ける。

夢は夢で、そっとしてほしかったろうに。

同人誌で陵辱される分には別に気にならなかっただろう読者も、
本家に挿し抜かれれば、汚されたわがヒロインという印象が強すぎる。
若い読者には同情を禁じえない。

ビギナー向けかと思いきや、中級者以上向けだったという悲劇。
ファンタジーを読みたい年頃に、分別ぶったものは毒でしかない。
どうせ現実に生きてるんだから、のちに知ることとなる。
時計の針などを早く動かすことに物語を乗せなくても構わなかったように思う。
作者の意図って、それで果たせたんだろうか。
読者の想定年齢は高かったのだろうか。

閑話休題。
ポッドキャストにおいては
ペッティングとセックスは明確に違うという話だったし。
セックスするとこいはおわる。という話だったけど、僕はあんまりそうは感じない。
辿り着けば、その関係は維持できるという甘い考えがないから。
維持するのにかなりコストを掛けるものだと思ってる。
コストを掛けてる風に見えなかったとしても、自分の中ではいつもリセットとリトライを繰り返してる。

常に自分に問うている。「それでいいのか?本当にいいのか?」
必要だと思えば向うし、必要で無いと思えばその時点で終わる。

人生、懊悩と決断の繰り返し。
流されたとしても、追認という決断をした事になる。
結果が同じでも、プロセスが違う。
そして次の問いが変化し続ける。

同じ問いすらニュアンスを変えて来る。

立ち止まれないし、充分な反省すらしてる暇がない。

ん、何の話だっけ?

Cしても次のCができるかどうか不安だし、したらしたで上手くできるかどうか不安だし、
自分に過失が無くても、相手の気持ちが離れることだってある。
どうして恋が終わってしまえるのかが僕には余りわからない。
一発したかっただけなんですか?
その人の人格が好きだから、そこに至ったというわけじゃないんですか?

と、問いたくもなる。

僕にはそういう醒め方は、ナンパ師のように見えてしまう。

チャーリー式100Q/100A 「悩み方」を考える超・人生相談 (単行本(ソフトカバー))

・彼女のセックスが激しすぎる

について、チャーリーが真面目に答えるべきだったかもしれない。と言ってたよ。

たしか18歳の男が25歳の彼女のセックスが激しいとか言う悩みと聞いた気がする。
彼女は彼氏が若いから、十分対応できると思って付き合っているはず。
需給にズレがあるのだから、
お互いの態度は、
妥協する。妥協しない。の順列組合わせになる。

最も簡単なのは、彼が彼女の激しさに対応しきること。これだと悩みが端から無いことと同じになる。
ハードトレーニングだと思って、付き合いきる。

その逆は、彼女に「もっと抑えなさい」と彼女の性欲を諫める。

それもダメだとするなら、彼女の性欲の捌け口を他に求めてもらう。

それに彼がNO、彼女がNO、もしかして双方がNOの場合。判れるしかない。

そーゆーことなんじゃね?

で、チャーリーは僕にNTR系の漫画を薦めてきたくらいなので、
もっと性的に乱れたアンサーだったのかもしれない。
本が楽しみだ。

そういえばチャーリーは知っていた。

スカイクロラが、もともと恋愛ものとして作るという話をチャーリーは知っていた。

これを覚えているのは、スカイクロラのタイトルや、キャストが決定する以前の情報にまで遡って、触れているような人で無いと、まず知らないはず。

実際の映画は
恋愛という柔らかい部分は一切ない、生と死しかないものだった。
強いて言えば、エロスとタナトス。
もう少し正確に言えば、生への執着と、諦観とのせめぎあい。

恋愛はないがセックスはあり、相思相愛というより、連帯がある。
もう少し恋愛風ないい方をすれば、
「ベターハーフ」とはいえるのかもしれないが、

あのような苛烈な状況と、その苛烈な状況で生き抜くということは
あの二人にしか出来ない。

監督はあの二人のような状況が今の若者になるといいたかったんだろうか。
余りにも厳しすぎる。
そして希望はあるとはいえ僅かだ。

「君を待っていた。」

気高く、強靭な一言ではありますが、それだけでしかない。
何も担保できない。今だけを担保する言葉。

それで本当によかったのか。

確かに「今を生きる」人はもっとこれからつらくなるという意味では、
予言的な映画ではありました。

意図せざるところで
意図してしまう。
これは神のなせる業か。

昨日は一本もかけなかった。

一昨日はチャーリーのトークイベントに行ったので昨日は何がしか感想を書こうかと思ったんだけど、昨日は眠くてかけなかった。

とりあえずチャーリーが薦めてくれたチャンピオン系の漫画は今度のブックフェアの際に買えばいいとして、僕は僕で
チャーリーに薦めたアニメや漫画を改めてプレゼンしないといけないんで
ここで書きたいと思う。

まずは「紅い牙」。もうひとつは「無限のリヴァイアス」。

紅い牙は先日書いた、「逆人類補完計画論」と
「絶対可憐チルドレンのオマージュの対象となってる作品の一つとしての意味」
この二つは是非書いて伝えたいし、
白泉社に移動してからのサブタイトル「ブルーソネット」の一話の、
ランに対抗すべく、登場するもう一人の主人公ソネット・バージ(16)の状況。
超能力者であるのは物語り上、当然として、実の母親に売春を強要されてゲットーで生活しているという、どこが少女マンガなのかさっぱりわからない設定など、度肝を抜く描写も書きたい。

劇中
実は日本はM1クラスのMBTを開発し、誤魔化して武器輸出をしてるという設定もエグイ。
その責任者での日本支部長のツナガ所長が
「90式戦車」とサイボーグのソネットと比べて、
エスパー・サイボーグのソネットなど、この戦車と比較にならないほど意味が無いと嘲笑する。
それに対し、ソネット担当のメレケス博士は
「兵器として。・・・じゃろう。」
と返すあたり、これが描かれたのが80年代初めとはとても思えないほど、
正鵠を射ていて、
衝撃的だったことも書き添えたい。

余りにも尖っていた作品だった。

世界を制覇してる悪の組織がサーバークライアント方式で、
アルカイダのようなウェッブ方式の存在は想定していないのは、仕方がないところ。

今となれば逆・人類補完計画としての「古代超人類の怨讐」という設定の方が秀逸としかいい用がない。

あと何か描かないといけなかった話はなかったか、思い出しておこう。


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プロフィール

masuda39

Author:masuda39
きてくれてありがとう。
出来るだけおもしろく書きたいと思っています。
楽しんでもらえると幸いです。
僕に専門はないです。だからド・シロートなんです。あしからず・・・。

ミクシィは
http://mixi.jp/show_friend.pl?id=895160

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